狐石
こうしておれたちが背中を石に変えて
いったい 幾歳月が経とう
かつて おれの背を風が撫ぜれば
まだ灰色の毛が逆立ったものだ
動かせば 尻尾の先も少しは動いた
近くを小動物が走れば
知らずしらずのうちに 耳がそのあとを追ったものだ
だが いつのまにか石の中で骨は頑なな支柱と変わり
こうして両腕のあいだに差し入れた首は
もう寸分も動かない
蝶を追って跳ねまわった子どもの頃
おれは風だった 走る口だった
そして 見事な跳躍の着地するところ
必ず すてきな獲物を捕まえていたものだ
ひと声啼く間にも
土手から土手へと三里は走り
寝静まった夜の村を震えさせたものだ
三角に切り立った耳
せわしくしばたたく目
村人たちは おれたちを狐と呼んだ
権現山の頂に赤くただれた雲が掛かり
その はるか西におれたちの生まれた谷はある
雲がいつまでも暮れなずみ赤いのは
おれたちに その出生を忘れさせまいとするためか
これが おれたちの望んだ形とは言えまいが
とある帰結だとは言えよう
飢餓から飢餓へと 空虚から空虚へと
千里を駈けてここまで来たが 追い切れなかった
巣穴に眠る兎 月溜まりに憩う家族
やつらがいったい何を知ろう
山路を抜け 村をひと跳びに
遠くこの地平まで来たが 遁れ切れなかった
やがて日が沈む
この野原いちめんにすずしい風が渡れば
焼けた背もすこしは冷えるだろう
橅の林でおまえたちを窺っていた影なら
こうしておれが踏み敷いたままだ
堅く結んだ口なら おれの顔の下にある
それでもまだ すべてを葬ったわけではない
耳の奥で鳴りつづける早鐘
今夜もまた一匹の狐が 東を指して走り
村人がその声に怯えていることだろう
狐 きつね そのさいごの一頭がここに届くまで
狐 きつね おれたちはこの姿を変えはしまい
夜の向こう岸で ひと晩中さわぎ続ける草
石という石のなかで 今夜も金色の目が光る
imuruta