top of page
​七つの子

来てごらん

閉めきった襖のむこうで笑い声が起こる

古びた柱の陰からひょいと子どもの顔がのぞく

そっと顔を近づけてごらん

味噌蔵にでも入って来たのか味噌の匂いが鼻をつく

お面を被ったもの 褌を垂らしたもの

小さい顔が夕暮れの窓に並ぶ

その 一つひとつが硝子の歪みのせいで

茄子のように下膨れになったり

胡瓜のように長く伸びたりして

どの顔もとぼけるのに忙しい

君も鼻を窓に押し当ててごらん

君の顔が硝子の中で誰か他の子と区別がつくかい

南瓜のように丸々した君の顔だ

並んだどの子の顔よりおもしろいかもしれない

硝子の中で仲間のふえた顔が笑う

やがて西から差す陽がぼんやりと薄められ

北の山から だんだんと靄が張り出してくると

茜に染まった雲がむくむくと流れ

硝子に並んだ顔たちをみとれさせる

あの雲はどこに行くんだろう

ぽかんとあけた口から涎が垂れる

そのとき誰かがひゅうっと風のような口笛を吹く

するとそれが合図で かたんといちど窓枠が揺れ

並んだ顔がふっと掻き消されたように見えなくなる

君の顔も

   *

畑の真ん中に裸の尻が取れたての蕪のように並ぶ

まえで大将たちがくんずほぐれつやっている

西方が勝つかと思えば東方が回り込んで逃げる

つぎに東方が前みつを引いて寄ると

西方が俵に掛けた両足で踏ん張る

尻がむずむずする

どの顔も日に焼けて真っ黒だ

唐土の頭に載せて村長面しているのが居れば

裏の畑で桑の根を引き抜いたばかりの豪傑も居る

腹に流れる汗を拭きながら土くれを潰す

芋の葉を千切っては扇とし采配する

扇ぎ 突き 投げ飛ばせ

笑い 忘れ 駆け回れ

賑やかな声が芋の葉にあたり いっせいに翻る

でも象のような尻をしたやつが土俵に上がると

みなはぷいと南の森に目をやる

あんなやつに投げ飛ばされたらおしまいだ

蜘蛛の子を散らしたように小さい蕪が転げまわる

みんな笑いころげているのだ

しまいに象も転げ出す

手をぐるぐる回して風になれ

四方十里に小石を撒け

それから顔という顔をしっかりとお天道様に見せてやれ

何事かとむこうの畑で百姓が振り返る

けれど何も見えなかったのか

すぐにうつむいて草取りに精を出すが

あんまり腹の皮がよじれて最後に泣き出すやつも出る

そのときだ 裏返っていた葉がもとに戻り

きゅうにあたりが静かになるのは

   *

この春 畳を上げなかったせいか

どうも畳が匂う

香を焚くと咳き込む声も聞こえてくるが

何んのことだか 小便臭くて眠れやしない

蒲団の裾でがやがやしているが 家の子じゃない

おお 手をつないで蒲団の周りをぐるぐる回る

目が回る 笑い声がする おれが鬼か

手を伸ばし 納戸の裏を撫ぜてみると

襖に沿ってつつっと影が走る

濡れた衣の裾が触ったようだが

はて捕まえたものか

小石でいちめんの川原から

ざぶんと威勢よく飛び込むものもいれば

森でいちばん大きな木に隠れるものもいる

魚の腹がぎらっと光って目がくらむ

むささびの毛が鼻先に当たってくしゃみが出そうだ

捜しているのか 隠れているのか

呼んでいるのか 呼ばれているのか

握った手がやけに小さい

おれ 水くぐって向こうから呼ぶ

おれ 木の枝を折ってこっちから呼ぶ

子どもたちの声が威勢よくはじける

じゃあ おれはあかい半被を着てしこ踏むか

秋祭りにはまだはやいが顔におしろいも塗る

そうこうするうち腹でも減ったのか

みんな水屋を捜してがさがさ始める

婆さまに叱られねばよいが

まあいいか

おう おまえには餅をやる おまえには味噌を

喰いたいだけ喰え 婆さまにはおれから言っておく

   *

空の青くきんと晴れ渡った秋の朝

今日は 村で祝言があるというので賑やかなことだ

さっき切り株のところで鼬の足を並べて数えていたやつも

稲穂に入った米粒を読んでたやつも

ぱっと衣に風をはらむと嫁さまの屋根に集まる

鼬の血の付いた手を衣で拭うやつ

稲穂でちくちくする背中を掻くやつ

それぞれがそれぞれの影の上に坐り込む

口を洗うんだ 顔も そして尻も

道案内に立つには心がまえが大切だ

懐手はやめろ 指も吸うな

みんな爺さまのように手がふるえて

うれしくて仕方ないのだ

饅頭は久しぶりだなと端のが言うと

つぎのがもう涎を垂らして口をあける

日差しはまだきついが風はもう涼しい

手水で洗ったばかりの顔が凛として空を見上げる

長元坊もみじかく鳴いて空を渡る

きょうこの日 ひととひととがむすびあい

やがて子がうまれる こんどこそ生きた子が

おれたちは手を喇叭のように口に当て森に叫ぶ

もう手を伸ばしておれたちを取るな

もうその葉でおれたちを隠すなと

   *

道ばたの蒲公英の上にしゃがんで雉を撃つ

真顔で藪を睨み付けていたので

竹が身を揺すって笑う

ひとつ屁をひって知らん顔で草むらをあとにする

畦道に寝転んで草笛を吹く

陽炎が立ってあんまり眠いので目を閉じる

連中もどこかの草陰で眠りこけているだろう

さっき鳥の巣を狙っていた蛇を追い払ってやったのも

向こうの池で蛙の腹を撫ぜてやったのも

こうしているともう昔のことのようだ

おい あの蒲公英の綿毛に乗ったらどこまで行ける

麦穂の波に乗ったらどこまで行ける

顔を掻いて その手を空に突き出す

それから天に字を書こうとしてやめる

上から覗き込むやつがいるのだ

おまえはこの前硝子戸の処で仲間に入った子だな

おう あの境内の樫の木のところまで競争だ

草なんか踏んづけろ 小石なんか蹴散らせ

そして天辺まで一気に昇るんだ

鐘を叩け 鐘を鳴らせ

行ったものにも 行かないものにも聴こえるように鐘を

おれたちを繋ぎ おれたちを囲う

村のすべての者に聴こえるように鐘を

そして 昼でもあかい火をかざせ

   *

しばらく前から おまえの処の子が悪いそうじゃないか

可哀そうに みんなして見舞いに行ってやるか

おまえは何を持って行く おれは裏庭の鬼灯持って

おまえは何を持って行く 烏瓜を提灯にして

おれは芋の葉に夜露載せて おれは菱の実

おれは仏間の鉦 おれは鬼瓦の欠けたの

おれはゆうべ障子に映ってた姉さまの影法師切って

もういい 黙ってついて来い

土蔵の陰からぞろぞろと小さい影がならびたって歩き出す

もしかして 具合の悪かったのはおれじゃなかったか

顔が腫れてぜいぜいしながら 窓枠から外を見ていた

どの子も気づかないようでおかしいが

これは おれの家に帰る道だ

暗がりで手を伸ばして前の子の肩を捕まえる

前の子が笑って振り返る おれも笑い返す

うしろを振り返ると うしろの子も笑っている

あしたはみんなで沢下りだ

おい 無駄口をきくなよ すっかり静かにしてんだぞ

素性を怪しまれるんじゃないぞ

あの子は算術もやるそうじゃないか 頭も出来るし

ところで 先頭のが間違えて姉さまの部屋に入った

おしろいの匂いがぷんと鼻を突いてくらくらっときた

おいあの子の部屋はこっちだ 寝てるようだから

そっと枕もとに置いてゆこう 目覚めたらきっと驚くぞ

   *

雪はやんだようだが 今夜は凍てて仕方ない

野原に出て合戦するにも骨が折れる

今夜は庄屋さまのところで酒でも汲むか

年が明けたらおまえ幾つになる

捨てられて 井戸のところで泣いてたのは百年も前だったか

おまえおまえ 線路端でしゃくってたおまえが

いつのまにかこっちへ来て もう五十年か

一人二人 三人四人 十人輪になってそれぞれ出自を考える

輪がだんだん小さくなる 輪の真ん中に最後のとっくりが見える

みんな 最後の一献のほうに気が集まってゆく

そのとき ひとりの子が言う

この酒 村はずれのお地蔵さまに供えにゆこう

こうしてこうして くる年もくる年も

気ままに遊んでおれるように

ごらん外は雪も止んで こんなに晴れて

まるで天まで昇ってゆけそうじゃないか

天の川いっぱいに乳はながれ 星は澄んで

おっかあの呼ぶ声が聞こえて来もする

みんな 北の空を見据えたままだ

どこもここも星でいっぱいだ おれたちの星で

おお 手を伸ばしてあの星を取れ

そして村中にばら撒くんだ

おれたちの おれたちのいない村

けれど おれたちの おれたちのこころの村

明日は晴れるだろう 明日は沢登りだ

明日は晴れるだろう 明日は錦の旗をもって行列がゆく

明日は雲だ 雲の中をぐんぐんゆく

おれたち村の影法師

鼬よりはやく 風よりはやい 徒歩のもの

                  imuruta

bottom of page