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むかし竜のいたころ
むかし むかし竜がいた
竜にも子供の時代や青春の時代があった
かれこれ四千年も前の中国の話
空を翔け ときに火を吹くほか
彼にはこれといってすることもなかったので
いつも カウンターに陣取ってビールを呑んでいた
ところで カウンターのむこうにはまだ墨の匂いのする
真新しい山水画が掛けられていたが
そこには未然の目を惹きつけてやまない
文明に汚される前の自然の風物があった
まだ竜のいたころ 森は森らしく谷にそば立ち
風は風らしく 枝々をくまなく揺らしていた
むかし むかし竜がいた
けだし彼は隣の女にビールをすすめたかったが
内気ゆえ黙ってビールの銘柄など読んでいた
ときにまだおさげのきみの横顔に見とれていたと思うが
あのとき 何をきっかけに言い寄ったのか
酔いがまわる頃になってようやく口説いた
まだ少女だった 胸といってふくらみはじめ
だが じつにあどけない笑顔に竜の心もしばしなごんだ
そのあと少女はある大切なものを竜に見せてやったが
それは毬だった まだふくらみきれない二つの乳房だった
ああ まだ竜のいたころ ふくらみはふくらみらしく
誰にも汚されず 凛として両方きそい合っていた
あの頃 ふたり並んで撮ってもらった8ミリフィルムが
きっと中国考古館に 今でも保管されている
imuruta
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