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​雨の上着

ぼくは もう何も語らない

雨の上着を脱げば細い半裸

水の床に寝て冷たい君の体を抱く

そのとき君は 解いてと言ったのだ

私たちにはもう つぐない合うべき過去などないと

ここでいま 欲しいままあげる声

ここでいま あるがままこたえる声

それだけが かけがえのない二人の約束だったと

いのちとは 絆とは 約束とは

瞳のおくに秘めつづけた 誰にも読み解けないしるしとは

せきあげる声 そっと呼びかわす名前

ああいつだった こんな二度とない約束をしたのは

それは確かに 何か贖罪の儀式に似ていた

赦しても 赦しても 赦しきれないものをさぐる儀式

裸にしても 裸にしても なお裸にしきれないものをまさぐる儀式

それは時を問い詰めて 最後の合図を手にした刹那だった

ぼくがゆっくりと 濡れそぼった上着を脱ぎ

きみが きつく結んだ髪をほどき始めたのは

ああ 過去とは 現在とは 未来とは

めぐる輪にみえて じつはあるがままのいま

もうこの先 何を明かそう このあとに

ああ ありとあった名を捨て

きみが あからさまな自分になりきったとき

ぼくには 歌のなかにじぶんを葬るよりほか道はなかった

   *

ああ いつだった こんなにこんなに君をゆるしはじめたのは

いったいいつだった こんなに苦しいほど君を裸にし始めたのは

いずれとうとつに ぼくの声が君の内耳ではぜたとき

ぼくらは あふれる涙をこらえきれずにいた

名前とは しるしとは そして合図とは

夜更けてその夜 ぼくらの頭上には 

初めて見る 銀色の月のような透明が掛かっていた

                           imuruta

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