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手紙

春まだ浅きころ始めたこの手紙も

今朝 雨に濡れたばかりの枝々のあいだを

風が通りすぎてゆくのに人知れずみとれていると

いつのまにか庭の落葉も進み

いまは緑のものとて一位 犬槙 木犀

あとは 藪椿 山茶花を残すほどとなりました

久しく会いませんが あなたは如何お過ごしでしょうか

ついせんだって頂いた手紙には なにか

大切な失くしものをされた由 書かれてありましたが

あれは見つかりましたか あれは

あれは何か あかしにうりふたつの眼差しは

いちどは差し出そうとしたのに なぜか感じたとまどいは

明かそうあかそうとするほどに なぜか包みこんでしまった胸の思いは

ああ 飛ぶほどに飛ぶほどに迷い続ける菜の花の波は

あれはみつかりましたかあれは 手紙は時間は夜は

あの日から人知れず迷い道をさがす仔犬は

あれはみつかりましたかあれは ウィンド・オブ・ブルーは

中国考古館に残っていた8ミリフィルムは

飛鳥古墳の天井に描かれていた花守の若きころの姿は

あれは ひと目見れば まごうことなき象の花は

あの日風は なぜ栗の木を選んだのでしょう

あの日なぜ栗の木は メイン州を誘ったのでしょう

そして 何故あの日のあなたには傷が必要だったのでしょう

ただ ただ走ってきたぼくに でもいったい何が分かっただろう

あれはみつかりましたか あれは深山ふかく

あれはみつかりましたか あれは< 寂しさの果てなむ国 >は

あなたはあの日たしかに ぼくの指さした楓の木にみとれていた

まだ名前も知らなかった泥の木に 旅人の木に 恋人の木に

それなのにいつしか 心の透明まで希求するようになった

あれはみつかりましたか 子どものころバレエの発表会で穿いてたチュチュは

あれはみつかりましたか ユンの夢は

あなたは遠いところから来た 遠き島より

あなたは遠いところから来た 遠い宇宙から

いちど失くせば もう二度と失くせないあかしを持って

まるで彗星のごとく ぼくのこころを横切った

ああ でもこの先ぼくに何ができるだろう 雨の上着を黙って脱ぐほか

あんなに見たかったあなたの素足を前にしても

ぼくにはまだ しるしの切り方さえわからない

あの朝ぼくはただぼくの手にみとれていた あなたとうりふたつの手に

それがとつぜん炎にかわるなどと いったい誰に予測できただろう

そして 炎という炎がおさまったあと ぼくの手の中に出現した空前絶後の光景は

いまではなつかしき 夏のあいだ藪のようだった庭の緑が

それでも 詩へと詩へといちずにぼくを駆り立てた

いつかは発たねばと思いながらも 人知れず詩の藪にとらえられていった

あれはみつかりましたかあれは

いまにも失くしそうで 決して失くすことのないあなたの本心は

あれはみつかりましたかあれは 風の男たちにたくした夢は

ながい語りになりました ながい手紙に

でもそろそろペンを置くときが来たようです

これを書き終えたら ぼくももう発たねば

しかし いま思えばこれらすべてはデジャヴュだったような

もしかして象の耳うちしてくれた話とは

フラッシュバック フラッシュバック まさかそんな

いまここに書いているこの手紙でさえ すでに 

あの枕もとの帳面の中に書き込まれていたなんて

デジャヴュ デジャヴュ ああ何と言う時空の不思議 天球の遊戯

あれはみつかりましたか 夢と夢のあいだをフラッシュバックさせ続ける詩は

あれはみつかりましたかあれは 

ああ ついに最後の行まできましたが これらのすべてを読み終えたらあなたも

心あらわにモーニングシャワーを浴びませんか

                              imuruta

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