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花日記

ぼくが小学校の頃

クラスにメイン州という熊がいた

彼は名前の通りいつも

教室のまんなかにすわっていた

隅の席にすわると

何か持病が

悪化する恐れがあったからだ

ところでぼくらは春先になると

よくビー玉で遊んだものだ

そして手が冷たくなると

ごわごわだが暖かいメイン州の手で

何度もなんどもあたためてもらったものだ

彼はアメリカ生まれの熊のせいか

よく国語の文法をまちがえた

名詞句のあと

まるで述語を付けるのを忘れたり

名詞句を三つ先に書いて

あとから動詞をみっつ付けたりしていた

だけどアメリカの地理にはやけに詳しかった

州ごとの小麦の生産量を

指合わせですべて記憶していたし

蜜蜂の季節分布図に至っては

先生もすでに舌を巻いていた

彼には片思いの女の子がいて

その名前を 毬子と言った

まる雪のように可憐で白い肌をしていた

彼は彼女を見るときいつも

眠るようなうっとりした目をしていた

ところで何がそうさせるのか ときに

夢遊病のように歩き出したり

ふと われにかえって

妙に青ざめた表情をしたりもしていた

そして雪の季節には

きまって長く学校を休んでいた

ある日 誰かクラスメイトが

宿題を届けにいっても

家じゅう誰もいず

窓の中もひっそり

静まりかえっていたという

とつぜんだけど ぼくは

とても言いにくいことを言わなければならない

小学校を上がる春休み

メイン州は

栗の木に首を吊って死んでいた

ぼくは彼のお葬式に行ったが

かたく目を閉じた彼の枕もとには

<花日記 小手毬>と

へたな字で書いた帳面が一冊置いてあるだけだった

夢とは 死とは 記憶とは

ぼくはわっと泣きながら 詩の外へまで走り出していた

                       imuruta

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