メバック
オー ヴィス アエテルニタティス
ヌンク アペルィト ノービス クラウサ ポルタ
クィア エルゴ フェミナ モルテム インストラクスィト
おお 永遠のちからよ
いま われらに開かれたり
おんなが しつらえた死に
わたしはいま十二世紀にいる
時は中世 あちこちに修道院があり
イエスの花嫁として暮らす女たちもそこそこ多いが
ダヴィンチやミケランジェロが活躍するルネサンスはまだ遠い先のことだ
話し言葉と書き言葉は厳密に区別され
おんなたちが書き言葉を学ぶすべはないが
おんなたちはみな 見て見ぬふりをしながら
イエスその人を思い 天上に召されたあとの花嫁を夢見ながら
きっと今夜もひとりひとり 夢の果てしなさにため息をついている
どう言えばいいのか 楽曲に込められた神への想いは
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン
アレルヤ セクエンツィア
アンティフォナ レスポンセリウム
あたしは いつも合唱のすみにいて
歌うというよりも どちらかといえば聴くほうだった
聴きながら ほとんど法悦にひたっていた
神に予知力はあっても
ものごとの偶発を強制することは出来ない
女がからだを開くのは
情が働くからで神が強制するからではない
*
廻る まわるよ 世界は回る
メブラーナ・ジェラルディーン・ルーミー
ジャラール・ウッディーン・ムハマンド・ルーミー
花は開くとき 誰にも見られていないと確信すると
どんな花もかならず回る
膝を曲げて いっしゅんすくむと
目にも止まらぬ早業で
そっと回って そして開く
廻る まわるよ 世界は回る
バハーウッディーン・ワツシ
ホダーヴァンデガール・メブラーナ・ルーミー
子犬は 自分じしんが分からなくなると
どんな子犬もかならず廻る
膝を曲げて いっしゅんすくむと
目にも止まらぬ早業で
しっぽめがけて回る まわる
廻る まわるよ 世界は回る
スーフ ダルウィーシュ
シャムセ タブリーズ そしてファナーウ
女は 愛する人が見つかると
どんな女もかならず廻る
膝を曲げて いっしゅんすくむと
自信と恥じらいの両手を ぱっと開いて
プリマドンナのように廻る
*
あたしには なまえがない
なまえを捜してあちこち走り回ったが
まるでどうどう巡りで ウロボロスのへびだ
とうとう見かねかねて
ひとびとがあたしに付けたあだなは女獏だ
あたしは おとこたちの夜ごとの夢の管理をしている
タンブラーの駒落ちを捜しては ひとつづつ女の画像を補填するのが仕事だ
そして正しい画像のピクセルを倍加しておくのだ
すると 覚醒時でもおなじ画像を見付けると
自然にすなおに ベーターエンドルフィンが放出され
一時的に 多幸感に包まれるという仕組みだ
でも こんどはデルタから奇妙な仕事が回ってきた
迷子になった一頭の仔象の用心棒のしごとだ
対になる少女の画像はすでに付いていたので
あちこち潜在意識をさぐって 画像を補填する必要はなかったが
これがどこでも おかまいなしに
まるで舞踏会に呼ばれたシンデレラのように飛び回る
きっと 忘れなければならない記憶から
無意識のうちに逃げようとする衝動なのだろうが
可愛いすぎて 手が付けられない
もう少し大人になってくれればいいのだが
*
きみはさっきから じつに気持ち良さそうに
丸天井の内側を飛び回っているが
仕方なく下から見上げていると
ギターのトレモロが絶え間なく 耳の中を回っているような
まるで巨大な天球儀のなかで 音もなく地球独楽が回っているような
天国を見上げながら 死がその中で静かに回っているような
ちょうどメリーゴーランドの真ん中にぼくがいると
回っている木馬の一頭いっとう全部にきみが乗っていて
ここよ ここよ わたしよ わたしよ 見て見て
全部わたしよって言っているみたいな
廻るまわるよ 目がまわる 耳がまわる
廻るまわるよ わたしが回る わちしがまわる わつしがまわる
とうとう ほんとうに目が回ってぼくがその場にへたり込んでしまうと
きみはぼくの そんな坐り込んだ肩にとまって
もうこれっきり あなたしかいないってようすで
ストッキングの編み目を調整しだすと
じつに かゆいところを突いてくる
それはそれは たとえ禁じられたお墓であろうと
お墓を立てたら そのあかつきには
もう 禁じられていようが
何がなんでも あなたを虜にしてみせる
そんな自信にあふれた おんなならではのそぶりをしている
*
何か場にそぐわぬものらがいる
通常 おのぼりさんか観光客くらいしか来ないこんなモスクに
姿は見えないが 何かがしきりにあたりを嗅ぎまわっている
それは まだ孤児院にいて
シスターたちがあたしたちの面倒に手を取られている隙に
金網のそとを我がもの顔でうろついていた ハイエナに似ていた
歯ぎしりの音はしなかったが どこか涎を咬むような音がしていた
狙っているのは モスクの中央にいる仔象だが
こんな白昼の 人々が大勢いるなかで誘拐など出来るものだろうか
悔しそうに チッ チッと舌を鳴らす音がしている
でも やつらは必ずやるだろうといういう確信がある
たとえ一般人が襲撃の巻き添えになろうが
それがアフリカのちいさな村であろうが
ヨーロッパの名だたる都市であろうが
やつらは 時代も空間も無視してことを起こし続けている
あるていど大きくなると つぎつぎと入ってくるつぎのあたしのために
しかたなく兵士たちにからだを売らされたが
戦場で人を殺してきた人たちの目は あたしたちとは全然ちがう
最初に銃で武装したおとこたちを殺る
つぎに逃げ惑うおんなこどもを殺る
そして わざと生かしておいた若いむすめたちをあやめる
年老いた老婆を殺るのは たいてい最後だ
いったいなにを生んだのか見届けさせてから殺る
やつらは村をすべて焼き払うと その血走った目でつぎの村を目指す
何年もなんねんも あたしたちはつぎの あとからあとから来る
つぎのあたしたちのために 仕事を続けざるを得なかった
だからやつらの目は見なくても もう分かる
ここ いまここにいるのは おなじ目をしたやつらだ
ああ デルタ いったいあたしにこの上なにをしろと
*
いい いい わたしとてもいいのよ
ずぅーといま 飛び回っているあいだじゅう
誰かが耳もとで いい いい
ずぅーとそのままでいいって ささやき続けていて
いい いいのよ 今はいいってしか言えないけど
それは いと高きところから降り注いでくる声でいて
わたしの耳のなかで 鳴りつづけている鈴のような声なの
一は わたしを求め
一は わたしを知り
一は わたしを呼ぶ
私のことを聞いたものは 私をたずねて会いに来なさい
私に会いたいものは 私を探しなさい そうすればきっと私は見つかるだろう
私を見つけたならば 他ならぬこの私を選びなさい
*
その朝はなんの前ぶれもなく とつぜんやって来た
金網の外のハイエナたちの動きが急にそわそわしだすと
マロニエの太い幹のうしろから そのひとが現れた
よく太っていたが うごきがしなやかで
なぜか 目が合ったしゅんかん
ジグヴィツア あなたを探していたのよって言われた気がした
そして あなたを見付けた以上
もうここにはすておけないって突然言いだした
その どこか母象のような慈悲深いまなざしで見つめられると
もうあたしは どうしようもなく泣き出したい気分になっていた
そのひとは金網を半周して入り口から入ってくると
迷わず施設長のところにゆき
たぶん何がしかの代価を支払ったに違いない
短くはない鼻で あたしを抱き寄せて
いまにも 聴いたことのない歌をうたいだすと
ヒルデガルト・フォン・ビンゲンと名乗った
でも こんな長ったらしいなまえではだれも呼ばないわ
みんなは デルタって呼んでいるからって 笑いながら言った
*
それは言ってみれば寝込みを襲われるかたちで
明け方ちかくやってきた
あらかじめ夢読みしていたとはいえ
苦渋にみちた決断だった
体格は守るべき 仔象よりまだひと回りほどちいさかったが
凶暴さが違った
それは おんなという性そのものをどこか根本から否定するような
無花果を芯から噛みちぎるような
兎を鼻から喰うような
そんな惨劇だった
青い影が馬乗りになって腰を動かし出すのと
逃げるのよっと叫んだのと どちらがはやかったか
瞬時に意識が遠ざかってしまっていたが
背中には堂々とした白い羽根がもどっていた
それは生まれいずるが 星々がその刻印を押しにくるまえだった
幼すぎて覚えていないだろうが
確かに聞いていたのが ビンゲンのうただった
それが もう恥をも厭わず迎えに来ていた
ちょうど 歌の翼にもちあげられて地上を去ろうとする間際
中ぞらから下を見下ろすと
あの場を逃げた仔象が めくらめっぽう草原を走っているのがみえた
仔象は 目と鼻の先を飛ぶつばめを掴まえようとしているに見えて
じつは 自分じしんを追っていた
曲が 遁れられない窮地にさしかかると
そのたびに 神の声が追手を払うかに見えるが
仔象には見えていない
仔象が 死をも孕むおんなの業に気づくのはまだ先のことだ
そして草原は やむにやまれぬ理由から目を離したいっしゅんに
仔象を密猟者にさらわれた母象のような そんな思いで
これからの 長いながすぎる日々をすごすに違いなかった
そしてきっと あたしのいた あたしのあかしだけが
そんな草原の嗚咽にも 耳を傾け続けるだろう
おお いと高きところにさえ栄光あれ
いわんや 仔象においてをや
慈愛は 万象にみちあふれ
ありとあるヴィシオに 尽きせぬ涙あれ
imuruta