回帰線
きみのスカートの中あったかくって風が集まってくる
君は 天山南路をやって来たのか
ぼくは はるかユーラシア シベリア北路を取ってここに戻って来た
インド スマトラ沖を帰るやつらがまだだな
赤道付近を選ぶやつらは いつも遅い
ゴーギャンとヤシ酒でも酌み交わしてるともっと遅くなる
でも 南氷洋で鯨の仔たちを遊んでやってるやつらは
ぜんたい 戻ってくる気があるのだろうか
けだし 北回りがいつも早くて 南に行くほど
遅くなるってのも やはり地軸の傾きのせいかね
でも なんだね イシュメイル
よく見ると おしゃべりに夢中でいままでうっかりしてたが
十九世紀末にメルヴィルの書き残した白い鯨の話があったが
その双子の子孫がこんなところにいたとはねえ
ときどき左右入れ替わって泳いでいるが
ぬくぬくとじつに見栄えするじゃないか
じっさい これのせいで地球をひと巡りすると
みんなここに戻ってくるんだがねえ
そういえば このあいだ南アメリカ回りで吹いていたとき
ちょっとひまで マヤの遺跡調べてたんだが
古い石版に マチュピチュあたりを基点にして
おれたちみんなのちからを束にして
この住み慣れた青い星を
スバル七星のあたりに持ってゆこうって話が見つかってびっくりしたねえ
どっこい地球上の風が一致団結すれば あながち夢でもないがね
みんなそれぞれ 風には風の気ままな道があって
ここに集まってくると おのおの見てきた世界を分かち合う
ぼく 白熊がアザラシ殺る瞬間見てたけど
彼の血走った目から涙が飛び散ったの見逃さなかったよ
君だって ひもじいトナカイが地衣類をはみながら
苔の上に涙こぼしてたって言ってたよね
じっさい 喰うか喰われるかって人はいうけど
この世界は泣くか 泣かされるかで回ってるみたいだぜ
ここのあるじだって つい昨日
まるでキスリングの少女みたいなおおきな目から
ありったけの涙落としてたものねえ
思わず女泣かしちゃいけねえぜって言ってやろうと思って
スカートの裾から外見てみたら
目玉の抜けた銅像が これまた負けじと涙ぐんでる
思わず どんな言葉もなくしちゃったね
おい ちょっと湿っぽくなってるし
おまえちょっと外に出て吹いてやれよ
どうせひまもてあそんでるんだし
こんなスカート裏返すくらい お手の物だろう
ちょうど出たついでに
銅像の足元にいた燕 南の方まで送ってってやれよ
imuruta