オオサンショウウオ座の恋
アルファ ベータ ガンマ データ イプシロン ゼータ
ベガ デネブ アルタイル オリオン シリウス アルデバラン
何故か 星の名にはギリシャ語由来のものが多いが
今夜も北天には白鳥座が掛かり 南天にはオオサンショウウオ座が掛かる
ノーザンクロス ノーザンクロス 星をめぐる旅は
サザンクロス サザンクロス いつまでも果てない
ブルークロス ブルークロス 呪文の如き十字
ここは傷ついた動物たちが そのからだを休めるところ
きみ きみが翼をこわした一羽の白鳥なら
ぼくは 両腕失くした漆黒の真鯉だった
ぼくの見惚れたのは 輝くばかりの羽根の白
きっと きみの見初めたのは にぶく光る紫がかった鱗の黒
ここは 空のものと水のものとが出会う 不思議の十字路
きみは若き艶のすべてを白に変え ぼくは錦のすべてをこの体色の下に隠した
きみは覚えているか オオサンショウウオ座の古風な話を
ぼくは今でも覚えている ハクチョウ座でむかしあった恋の物語りを
ノーザンクロス ノーザンクロス 星をめぐる恋は
サザンクロス サザンクロス 宇宙を超えた恋
ふだんなら 北天と南天に分かれてあいまみえることのないものたちが
この神のふところで たがいの病を思いやるあまり恋に落ちた
きみ きみの左肩痛くないか 白い羽根いくほんも幾本も抜け落ちて
ぼく ぼくの腕 両方とももげて使いものにならず
か かなしきかな 生まれの違い き きびしきかな空の掟
でも どうしよう どうしようもない恋ごころ
きみは翼を壊してまで何故 北天を出ようとした
ぼくは南天の孤独に耐えられなかったのではない
きみが落下し始めたとき 如何に奈落に落とすまいと
あとさき考えず 無骨な手が出たのだ
そして 気がついた時にはここにいた
どうして水のものでない限り 空への憧れなど分かるだろう
まさか 千年見下しつづけた冷えた川床に
取り返しのつかない亀裂が走ったとでもいうのか
でもきみが きみの自由の翼を拡げられるのは
そこぬけに青いあの北天 ノーザンクロス
だがぼくが 自分の在り処を保持できるのは
底抜けに冷たい あのサザンクロスの川の底
ああ 水面は蹴っても蹴っても
なお その落下を嗤い
もんどりうって落ちる水は
呪文の如く ぼくを解いて離さない
きみは きみの翼が癒えたなら 青空たかく帰るがいい
けだしぼくには 空がない
ぼくの ぼくの癒えた二本の腕は
ぼくを冷たい水の中の 一尾の山椒魚に変える
imuruta