top of page
​時の庭

いつか会おう 沙羅双樹の咲く寺の境内で

杉の間を賑わしていた蝉たちがその声をしぜんとしまえば

すでに昼すぎから落ち始めていた花首が

幾つもいくつも 苔むした緑の庭には散らばっているだろう

きみはいつ来た 紫折り戸を今にも押して来るきみは

ぼくは夕刻から 音なき音をたてて落ちつづける花々の音を

人知れず ひとしれずいまも数えつづけている

いつか会おう 沙羅双樹の咲く寺の境内で

空がさっきまでの夕景を 次第しだいと鈍色に変え続けると

一つまたひとつと 雲間に星がまたたき始める

きみはどこに行っていた きみはどこに

どこからどこまで 三千世界の夢のような庭で

ぼくはそっときみに聞く この約束を交わしたのはいつだったかと

この寺で この沙羅双樹の下でと決めたのはいつだったかと

いつか会おう あの沙羅双樹の咲く寺の境内で

ありかなしかの こころとこころを寄せ合い

なけなしの からだとからだを求め合った日々はすでにはるか

目を閉じ 目をかたく閉じ 唇を求めあう愛のかたち

人類は いつからこんなかなしい愛のかたちを覚えたのか

着物をはだけ 裾をみだし 素肌を寄せ合う夢のかたち

人類は いつからこんなにせつなくたがいを求め始めたのか

いつ会おう 沙羅双樹の咲く寺の境内で

今にもきみが 紫折り戸を押して飛び石伝いに庭に入って来るが

ぼくに何が出来る ぼくに何が

きみの目はすでに一点を見つめているが ぼくの眉間のおくを

きみの白い装束 夜目にも蛍光を発し

見つめるほどに 苦しいほどにその方へその方へとぼくを誘うが

きみ きみこんなむさ苦しい寺男と苔をともにしようとでもいう気か

ああいつか いつか会おうあの沙羅双樹の花の下で

きみ きみが素足隠し続けたのも今なら分かる

きみ きみがあの夕刻 夢のような素足で来てくれたのも

いつか いつか会おう 素足でなければ入れない寺の境内で

ぼくが ぼくが初めての時のようにきみの素足に口づけよう

それから 花を踏むまい もう花を踏むまいとして

この苔の道を 心ゆくまでふたりで静かに歩いてゆこう

                      imuruta

bottom of page