月下の道
いちょうの枝払いが終わるとハンニバルの街路は
裸木がまばらに立ち並ぶ 月の林と変わる
きみは踝まである素白のコートを着て
ぼくは踵まである 漆黒のマントを羽織って
深夜 一本いっぽんの木に気ままに命名しながら歩いてゆく
一本目はロレンス 二本目はマドレイン
三本目はエルサレム 四本目はベツレヘムと
家々のファサードに それぞれ鳥の絵が掛けられているのは
あれは翡翠の一種だろうか やませみの
一軒いっけん色配りや 図柄が違うのは
あれは 月族に代々伝わる紋章なのか
そのクチバシを きっと結んださまは
けっして無駄口 無駄笑いの種ではないしるし
おお 五本目はバビロニア 六本目はハンムラビと
木は何でつながっている 街路は何で
きみはさっきからぼくの影を踏むまい踏むまいとしているが
こんなものは いくら踏んだっていいのだ
それが証拠に きみだってその歩を踏みだすところ
足裏に 自分の影を踏みしだいているじゃないか
分かっている きみのコートの中だって月影ばかり
ぼくだってマントを取れば 傷の傷あとばかりだが
道なりに道なりに 七本目はハンニバル
八本目はスールーと命名して行けば
枝払いが済んだとはいえ 木なりに木なりにその立ち姿うるわしく
きみなりに きみなりに どの木にも合図を送っている
ぼくはもう振り返らない 砂なりに砂なりに道を曲がり
橋なりに橋なりに この道を渡り切ってしまえば
ついに見果てぬ 詩の淵に立つ
こうして論理のいっさいを無効にし 述語を排し
客のない主へと 一歩また一歩と近づけば
もう倫理もなければ 終末もない
ぼくら情動に従って 何処までも命名して行こう
九本目はクオヴァディス 十本目はイスカリオテ
十一本目はゲッセマネ 十二本目はカルヴァリオと
はて 十三本目を過ぎるころ ふと足元に目を落とすと
いつのまに ぼくらの影は足うらを離れ
静かにしずかに 天末線の方へと滑って行く
おお 永いながい転生につぐ転生をここに来て
ついに二人肩寄せて この月を見上げれば
いつぞやこの星も 過ぎし日の思い出と化している
ああ今 音楽が迎えに来る 天の音楽が
いま 時が迎えに来る 無窮の時が
時の終わりを そっとたずさえて
imuruta