花ざかりの森で
森で遊ぼう 花ざかりの森で
森で遊ぼう 枝々のあいだで
木漏れ日が 一条差し 二条差し
五条差し 三条差し
あちこち気ままにスポットを当ててゆけば
いままで葉陰に隠れていた花々が
一つ浮かび 二つ浮かび
五つ浮かび 三つ浮かび
それは かくれんぼで鬼に見つかったかのように
残念そうで 嬉しく 恥ずかしそうで 得意げな
それぞれ どくとくの眩さでたち現れてくるのだった
森で遊ぼう 花々の競う森で
森で遊ぼう 花々のかいまみせるあでやかさの中で
見れば見るほどに花々は そこで咲き ここで咲き
ここに隠れ そこを隠し あられもなく鼻をくすぐりつづける
さっきから向こうの枝で
風があんなに騒いでいたのは
花々が あんなに揺れていたのは
きっと きみが水浴びのあとの濡れたからだを
枝跳びしつつ乾かしていたせいだ
森で遊ぼう 花ざかりの森で
森で遊ぼう 風のはざまで
鼻にかいた汗を 手の甲で拭い
もう一段 もういちだんと枝を上がれば
おのずと風が遊ぶ 鼻が遊ばれる
時にきみが 高い枝をぞんぶんにしなわせて
つぎの枝へと手をのばすと
葉に隠されて見えなかったそこに
ちょうどぼくの鼻があって
あわてて宙をつかむ間もあらば
きみのかいなをぼくが摑んで
一つ跳ばして つぎの枝へときみをとどける
森で遊ぼう 花ざかりの森で
森で遊ぼう 枝々のあいだで
いましばらく風が きみの髪を解き乾かすまでのあいだ
きみが跳べば ひと呼吸おいてぼくも跳んだ
ぼくが跳べば ひと呼吸早く きみも跳んだ
ときに間違えて ぼくがきみを追い越すと
きみはまるで 間違いをただすかのように
ぼくの罪な背中をとび越えていった
木漏れ日は あいかわらず一条差し 二条差し
五条差し 三条差しを繰り返しているが
ぼくらが 枝から枝へと跳び移るあいだには
奇妙に光る糸が何本もなんぼんも張り巡らされていて
それは ひかりが差すたびに ながれ星のように輝くかと思えば
いずれ雨上がりの朝の 蜘蛛の巣のようにも見えた
それは 誰かがあらかじめ張っておいた弦だったのか
それともそれは あまりにぼくらが気ままに跳び回るので
つぎつぎと生じた 夢の引き攣れだったのだろうか
花々はまだ 映ろうひかりとかくれんぼを繰り返し
風はまた 葉陰に逃がしたり その隠れ家を暴いたりと楽しげだったが
そんなまにまに きみはしばしばぼくの肩にのると
ぼくが鼻で振るタクトに合わせて
子どものころお遊戯で習った 終わりのないあの歌をよく歌いだしたものだ
ああ きみが歌いあきるまでのほんのひととき
ぼくはどこか姉に似たその声に いつまでも聞きほれていた
imuruta