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​アーミッシュ

鐘が鳴る 鐘が鳴る

鐘は野を越え 谷を越え

ゆるやかな丘を登ると

まきばに放牧された牛たちの背を撫ぜ

そこここに群生する

蓮華草の花房を ひとわたり撫ぜ終わると

また丘を越え 谷を渡り

野に響き渡って ここ

トワイライト修道院の鐘楼に戻ってくる

鐘が鳴る 鐘が鳴る

鐘は午後三時の 祈りの終わりを告げるしるしか

小さい聖堂のおもて扉を押して

前庭にあゆみ出てくるきみが見える

それは 熱心な祈りのなごりか

頬が上気し 上唇が心もちとがって見える

アーミッシュ 

千年もむかしに鐘とともに旅をはじめた人々

アーミッシュ

千年もむかしに鐘の音とともに処々方々に散って行った人々

鐘が鳴る 鐘が鳴る

鐘は山を越え 森を越え

ゆるやかに 谷を下ると

羊歯類の葉先をしずかに揺らし

次に そこここで咲きほこる月見草を愛でると

また森を越え 山を越え

野に響き渡って この修道院へと帰ってくる

而して きみたちの日課は千年変わらず

ほんとうに清純 質実なもので

毎日まいにちが 祈りと身を清めるための入浴と散策

祈りと入浴と散策の繰り返しだった

そこのにわか庭師だったぼくは 

ある日のこと この人たちは

どんな祈りを神に捧げているのか気になって

そっと ステンドグラスの裏から覗いて見たが

祈る尼僧たちは どんな穢れもないしるしに

ひたいを被う布をはだけると

ひたすら上唇をとがらせて

いまだかつて聞いたことのない言葉で

神の名を唱えつづけるのだった

アーミッシュ 

その日の祈りがたまたま きみの番で

はじめて ぼくはきみの名を覚えた

その日から ぼくにどんな苦悩の日々が始まったか

きみには思いもよらぬ出来事だったろうが

きみに寄せる思いは 日に日に募った

アーミッシュ きみが

そのかれんな笑顔とともに

恥ずかしげにそのしるしを見せたとき

ぼくにはもはや どんな言葉もなかった

鐘が鳴る 鐘が鳴る

鐘の音がかいま見せたまぼろしは

鐘が鳴る 鐘が鳴る

きみの 顕わにされたひたいのイコンは

だが こころとは癒されるもので

尼僧たちと 毎日まいにち挨拶するうち

やがて 執着や禍根が取り払われ

ぼくも 桂の木や月桂樹の剪定に精が出始め

いつしか こころの平安を取り戻したものだ

鐘が鳴る 鐘が鳴る

鐘の音が木々を草を清め 大地を大気をうるおし

とこしなえに とこしなえに天と地をつなぐ

鐘が鳴る 鐘が鳴る

空は 見上げるかぎり青く

吹く風は 知るかぎり清く

鐘は 神のかぎりない祝福を

知る限りの 過去から未来へと与えてまわった

鐘が鳴る 鐘が鳴る

鐘は迷いを越え 疑いを越え

ゆるやかな逡巡を登りつめると

会堂に集うきみたちの 一人ひとりに挨拶してまわり

感謝し かんしゃしつつ

疑いを越え 逡巡を越え こころに響き渡って

ここ 鐘の発生の地へと還ってくる

ああ アーミッシュ

きみの戸惑い きみの羞恥 きみの秘密

きみの瞳 きみのこころ そして日々のいとなみ

ひとは千年めぐって ここに還って来るのか

千年めぐって 初めてここを知るのか

ああ 鐘の鐘なるかな人に寄せる思い

鐘の鐘なるかな 神のよせる思い

                      imuruta

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