top of page
​象の来た道

キリエ グローリア クレード

キリエ サンクトゥス ベネディクトス

最初に抱きすくめられ わけが分からなくなり

目隠しされ 鈴が鳴り 鬼ごっこだと分かった

誰が呼ぶ 誰が鳴らす 小さな鈴

それはまるで 夢のように澄んだ音色だった

   *

ぼくの子どもの頃には

まだ方々の家で象が飼われていて

春先になると 仔象が農家にもらわれて行った

象は各農家に一頭づつと決められていて

家ごとに 代々伝わる色とりどりの鈴を付けていた

どの仔象も概しておとなしく しっかりもので

畑仕事の手伝いや おさんどんの下ごしらえもしたが

ぼくの家では 母屋の棟続きに繭小屋があって

午前中は たいがい繭玉の世話を任されていた

生糸を採るには 繭玉をマッサージしたり

ちょうど良いくらいのお湯を準備したりと

象の鼻でなければ出来ないことも多かったが

何故か 繭玉を見るとき象は

考え込むような 夢みるしぐさをよくした

でもまた どの家でもそうだったが

象はその家の いちばん小さい子のめんどうをよく見たし

夜には 同じ布団に入ると

遠い 生まれ故郷のお伽噺もしてくれた

ところで 象の見る夢といって 大きな耳で空を飛ぶ夢

あるいは 山盛りのサラダに

特性のクレッシェンドを掛けて食べる夢

夏休みには よく川遊びにも出掛けたが

象は 自慢の鼻に水をすっかり吸い込むと

シャワーのように何度もなんども 空高く噴き上げた

水は 雨のように勢いよく落ちてくるかと思えば

細かい霧にもなって 折から虹のように降り掛かった

秋には アケビの蔓で編んだ篭を持って山に入ると

ちょうど頃合いの木の仔をたくさ摘んだが

象は何故か 栗のいがを拾うのは嫌がった

でも小鳥の声や 風の歌を聴きながら

器用に茸を並べ替えて 記譜法の初歩を教えてくれもした

而して 冬はその生まれからして苦手らしく

囲炉裏端で背を丸めながら 目は閉じたまま

よく 火箸を小刻みに揺らしていた

背後から近づいてぼくが話かけると

人指し指を そっと唇にあてて

小さな声で アニュス・デイと呟いた

それは 遥かキリマンジャロを思い出していたのか

たしか 故郷を出てくるとき

姉がそれを歌ってくれたと言っていた

   *

キリエ グローリア セクエンティア

キリエ ラクリモサ アニュス・デイ

最初に抱きすくめられ わけが分からなくなり

目隠しされ 鈴が鳴り 鬼ごっこだと分かった

誰が呼ぶ 誰が鳴らす 小さな鈴

それはまるで 夢のように澄んだ音色だった

               imuruta

bottom of page