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​縁日

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす

おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし

たけき者も遂にはほろびぬ ひとへに風の前の塵に同じ

よく通る声で 平家の冒頭を唱えると

上がり振出し 上がり振出しと抑揚をつけた声がつづく

豆絞りの手拭いを向こう鉢巻にして 

背中にのぼり旗を立てた売り子が前を歩いている

上がりが振出しなれば 振出しが上がりに

起こりが終い引き寄せれば しんがりがとっつきに

見入りが明け初めならば とどの詰まりがすべり出し

ああ人生は人生は めぐる輪にみえて巡りめぐれば

しゃばの思いの千万あれど

ああそこのお兄さん きのうは猫目の小娘追っかけてたと思えば

今夜はいなせな狐目の姐さんかい

上がり振出し 上がり振出し

息もつかせぬ心変わりが

返す手のひらともども 坂道をころがり落ちれば

ほんにまっこと 人生廻り灯篭 走馬灯

 

月日は百代の過客にして 行かふ年もまた旅人也

舟の上に生涯をうかべ 馬の口とらえて老をむかふる者は

日々旅にして 旅を栖とす 古人も多く旅に死せるあり

予もいづれの年よりか 片雲の風にさそはれて 漂泊の思ひやまず

上がり振出し 上がり振出し

ご用とお急ぎでない方と その手放したくないお二人さん

人生むなしい空回りにせぬためにも とくと口上聞き参らせ候

さてここに取り出だしる双六は そんじょそこらの双六にあらず

なんだただの人生双六売りかと 人々の輪を抜け出すと

縁日の幟ほうぼうに立ち 水あめ売りにわた菓子屋

お面売りに たい焼き屋 輪投げもあれば射的場まであって

あちこちでアセチレン灯があやしく青く燃えている

宮奥のお立ち台では 立ち見客の影になって見にくいが

片肌脱いだ花魁が 緋色の提灯にしなだれ掛かったところだ

番台のおくには きっとひな壇がしつらえられているのだろうが

こんな夜に待ちぼうけしているのは おそらく村の若衆の方だろう

それは金魚すくいをひやかして 林檎飴を捜そうとしたときだった

暗闇から浴衣のそでをひっぱられ あやうく転びそうになるのをこらえると

お兄さん こんやはお兄さんと見込んで袖引いたんだが

どこにでもある ここににでもあるんじゃないの救ってやって欲しいんだが

どうだい安くしとくから このポイ買ってひとつ人助けしてみねえかい

それでそのまま 能舞台うらに引き込まれると

なんとそれは はじめてみる人魚掬いだった

いっぴきでもちゃんと救えたら お兄さんそりゃ果報ってもんだ

家持って帰って 思う存分かわいがってやって下せえ

ほらほらこうやって糸こより入れるとみんな集まって来るだろう

どいつもこいつも さびしくてたまんねえのさ

だからほらほらこよりでからだなぶってやると もう随喜のなみだでさ

お兄さんもやってみるかい こうやって背筋を撫ぜてやると

くすぐったくて逃げるふりして ほんとはもっとやって欲しくて

こっちの方に誘うように ほそい体くねらせてるだろ

ほらほらこいつお兄さんにやって欲しくて腹まで見せ始めた

にんげんの姐さんと違って しもの方は魚だがよく出来てるだろ

うわ向きで誘ってるてことは ほんきで惚れ掛かってる証拠だ

ほらこうしてうねばせて うまくうねいできたところを掬うんだ

どうだ可愛いだろ 自分で飼いだすと情が移っちまって

からだちぢめてでも おなじ水のなかに入りたくなるほどせつなくなるよ

さあさあ迷ってるまに そこの助六に持っていかれちゃうよと言う声で

 

ふと横を見ると いつのまにさっきの双六屋が隣にいる

あんまりこの辺じゃ見掛ねえ爺さんだが新入りかいって言うと

同業なんだから安くしろって値切りにかかる

爺さんは爺さんでそんな話にのるようすもなく

今夜は年に一度のお祭りだ そんなケチなこと言ってねえで

大人のたのしみはあっちの方でさと 顎で奥の方に誘う

こっちは子どもさん向けで 童話に出てくるやつだが

あっちは上下が逆さでさ 上は金魚だがしもの方がおんなで

こよりで大人が遊ぶっていったらあっちでさと笑っている

つられて奥の生簀の方をみると

薄暗い杉木立の下に赤い蝋燭が何本も立っていて

いままで気づかなかったが ここと同じ生簀がもうひとつあった

おおっと また振出しか

ポイには乗るが なかなか見かけに寄らずすばしっこいね

ああっまた破れた こりゃ歌うたってる場合じゃねえな 

このポイ薄いね これじゃちっとも上がんねえじゃねえか

ありゃ また振出しだ 最中ねえの最中

それを見越して爺さんが

ほらほらこうだろ こうやってこよりの先で遊んでやると

ほら足開いただろ こうやってここくすぐって気持ちよくさせといて 

仰向けにさせたら勝機だ だれでも事の最中に足掬われたら弱いやね

なんだねえ さすが爺さんうまいねえ

最初っからコツ教えねえで 客が逃げそうなとこで耳打ちしてくる

 

ところで爺さん 上も下もひと形ってのはいねえのかと双六屋が聞くと

そりゃあ居るには居るがね みんな石の中だ

ギリシャのアルテミス神殿の宝物庫に一つと

ふたつ目がバビロンの発掘現場から出たのと

中国の四川省の岩山で見つかったのと

最後が京都の玄光院て寺にあるって言われててるが

これは杳としてゆくえが知れん

この四っつさ とにべもなく答えた

おっ また上がった

声に引き寄せられて ふたりの方に近づいて行くと

だめだよ兄さん これは子どもの見るもんじゃねえ

この手練手管は もうちと大人になってからの話だ

そっちの子ども用の見ときな と振り向きもせずに言う声に逆らえず

仕方なくアセチレン灯の方に戻ろうとした時だ

ふと能舞台の袖の方から話し声が聞こえる

杉板ごしで姿は見えないが その口調は親が子どもを諭しているようだ

取って来れるんだろうな 

麦わら帽子も捕虫網も 青笹も短冊も

取っても大丈夫なんだろうな

髪飾りもリボンも シャボン玉も水鉄砲も

もう捨ててもいいんだな 

あかい鼻緒も風鈴も 水泳帽もゴム草履も

自信があるんだな

竜宮も玉手箱も 星寄せも濡れ手拭いも

自分で取れるんだろうな

羽ごろもも 月のものも

ほんとうにそう約束出来るなら 仕方ないが

みなもに映った影をどう掬おうと勝手だが

もう 歌でしか掬えないものにすべてを賭けるというのか

行く春や 鳥啼 魚の目は泪

夏草や 兵どもが 夢のあと

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

どちらにしてもみちのくは遠いぞ

芭蕉だって半年ほどは掛かったんだ

おまえの足で その足で

いったい幾年掛かるかもしれん

松島で松のみどりにひと息つけたとしても

象潟のぬかるみに足とられるやも知れん

いかんせん 年端もゆかぬおんなのひとり旅じゃ

佐渡あたりで天河見上げりゃ 母恋しさにもう帰り道わすれても

それはそれで仕様のないことだが

蛤のふたみにわかれてが じつの親子のことなのか

それともここでの夢の通い路のことかは

旅が終わってみなければ分からんがのう

いずれ歌詠みの道は 恋読みの道

どのみち歌の一里塚だ 声が涸れんとも限らんぞ

 

おいおい何きき耳立てとるんじゃ 

と言う声でわれに返ると さっきの爺さんだ

いずれにしても みちのく回りが

むなしい空回りにならんといいのじゃがのうと言いながら

わしもこんな商売しとるのは おんな世話して大きうして

だれかよしなに掬うてもらうため

こんなに小さいから幾匹でも飼えるが これが大きうなりよったら

ひとりで一匹みるのが精いっぱいじゃて

すねよったらあやしてやらなならんし

なんか聞きよったら笑い返してやるのがひとの道

ねだられたら都合つけてやらなならんし

どこもここも 天神さまの細道じゃのう

 

じゃが 盗み聞きはいかんと言って

耳を引っ張られてもとの生簀にもどってみると

あろうことか あんなにいた人魚があとかたもなく消えている

ああ 生簀の中がと言う間もなく

ああ こんなもんバビロンの夢よ

こんな生簀ほんまにあったら おとこ身も世ものう見とれてしもて

いっしょう棒に振ってしまうのが落ちよ 振出しよと笑いだす

いずれ棒に振るかどうかは兄さんしだいだが

とりあえず待ってみるより他ないようだなと言う語尾とともに

爺さんの姿も消えた

 

暗がりから縁日の灯りのほうへ戻ると

先ほどの花魁に替わって 二人の双子の歌い手が

声を揃えてうたい出したところだった

♪ ため息の出るような あなたの口づけに

  甘い恋を夢見る 乙女ごころよ

  金色に輝く 熱い砂の上で

  はだかで恋をしよう 人魚のように

  陽にやけたほほ寄せて ささやいた約束は

  二人だけの秘めごと ためいきが出ちゃう

  ああ恋のよろこびに バラ色の月日よ

  はじめてあなたを見た 恋のバカンス

               imuruta

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