人魚憑き
兎憑きにゃ 狐憑きにゃまだよかろ
じゃが人魚憑きにゃ気ィ付けにゃならん 婆ちゃんがいうよるけ
兎に憑かれても ええ若いもんが昼間から
藪やら茨の陰で ごそごそいっぱつ抜いてもらうぶんにゃ仇もない
せいぜい肘やら背中やらに掻ききずこさえて帰って来よるが
狐なら 浄瑠璃でも能でも演目のあるくらいじゃぁ
尽くして尽くして しまいに子まで育てよるけなげなものじゃろいうて
信太の狐やら 葛の葉やら
近ごろは阿蘭陀からはるばる輿入れするものまであるゆうて
情けの掛けようによっては ずんずん出世の種撒くものまでおるが
なにも問い詰めもしないのに 木戸を背に
級長のほうから勝手にしゃべりはじめる
ぼくは掃除時間がおわり掛けに
体育館うらのごみ置き場にごみ捨てに来たところだ
えりの第一ボタンのすきまから咽仏が上下しているのが見える
羊憑きにゃ困ったもんだが たいてい村長よりまだ上
えらいもん選り分けて入るもんで 下のほうにゃ縁がなかろ
じゃが人魚なら 困ったもん選んで
子どものころからのえにしを頼って入って来るで
なかなか情も絡むよって 後腐れが悪い
憑かれよった若いもんにゃ 竜宮で
しこたま酒よばれて 海のもくずされようもん
なんぼ目の正月のあとで 悔やむことなどあろうか
残された村のもんにゃ これじつにたまらんよって
なんでも知っとる 婆ちゃんが言うよるけ
なにあろう しぜんに級長のえりに手を出しかけたときだ
何を勘違いしたか いきなり校舎めがけて逃げだした
ごみを捨てて 部室よこを通りかかったとき
草の陰に 見たこともない青い蛇がいるのに気付いた
青大将の碧じゃない どちらかと言えば青絵具の色だ
*
今年も 誰が犯人なのか分からないが
毛の生える前の燕の子の屍骸が 渡り廊下付近や
体育館脇にころがっているのが見つかったが
季節はすすみ いつしか満々とプールに水が張られると
皆のうれしい水泳の授業が始まった
級長は今年も果たして
泳いでいるのか溺れているのか分からない様子で
何とか端から端まで泳いでいたが
驚くべきことにきみは 長いスカートを迷いもなく脱いで
目の醒めるような青い水着に着替えると
ほぼ学校記録を塗り変えるような変身ぶりで
その堂々とした泳ぎっぷりは 皆の羨望の的となったが
果たしてこの日を境に級長の口から
人魚の話が出ることは もうなかったが
*
美利河村所轄の警察署から 署長がわざわざやって来たのは
そろそろ夏休みに入ろうとする 七月の中ごろのことだった
夏だというのに黒いゴム長靴を履いてやって来たので
いきなり学校中に知れ渡った
あとで聞いた話だが 噂によると
はるばる校長に面会にやってきたのは
厳寒の二月に 美利河村の山の上の神社で起こった
妙な 殺人事件を調べに来たということだった
何でも 地元に住む老夫婦ふたりが
五十鈴下の賽銭箱を背に 殺されていたというのだ
何が妙かといって 老夫婦のふところには
赤い巾着に入った金子が残っていたというのだ
これがまた 包みのなかには奉納と書かれた紙札まであって
これは名無しのままの金子を賽銭箱に入れようとして
そのすんでのところを 後ろから来たものに首を絞められたらしかった
警察の腑に落ちないのは
金子の額がひと財産もあったうえ
これに手が付けられていないことだった
ところでなぜに首には
青い一条のあとが残っていても
どうも争ったようすがない
それでいて検死の結果を待つまでのあいだに
首すじのあとが日を追うごとに
恨みまだ醒めやらぬかのように
日に日に 濃くなつていったというのだ
*
きみはスタートがへただった というか
いちれつに並んだみんなより 一呼吸遅れてスタートを切った
でもいったん水に乗り出すと
水は そのすべての触手できみを触り
そこもここも まるで撫でるようにきみを運び
きみはきみで 右から呼ばれるので右の泡を見
左から呼ばれるので 左の泡の言い分を聞きしているうちに
いつのまにか むこうのゴールに着いてしまったといった感じで
教室にいる時間とはうらはらに 法悦にひたっているのが伺えた
*
その日のクラブが終わって家にもどり
テレビのスイッチをひねると
いつものひょっこりひょうたん島がもうはじまっていて
♪ エイホ エイホホ エイホ エイホホ
キ印キッドがいいました バビロンまでは何センチ
二十センチに 十センチ 蝋燭灯して行けますか
立派に行って もどれます
ひょうたん山のふもとから
南風さえ吹いていれば
立派に行って もどれます
という ここしばらく続いているうたが流れていた
imuruta