秋津国
北から順々に あるいは高山から
もみじ前線の降りてくるにほん列島は
あちらこちらに秋桜のみだれ咲き
その上を むかしながらの秋津むれ飛ぶ
さっきから鳶がひとつ輪を描き続けているのは
この空の青 青天白日にも目を上げよとの天の計らいか
それにしても近年は 赤 白 きいろに
橙々や青までまじって
朱雀のごとく そのいろどりの賑やかなこと
どんどんどんどん どんどんどんどん
さて今朝もはやくからふとい太鼓の音がとどろき
日課正した朝拝の儀がはじまる
どんどんどんどん どんどんどんどん
ちょくせつ腹にひびいてくるふとい音は
同時に 高天原の清き門を敲き
ここ秋津の国に 今日もとどこおりなく
尊い朝のおとずれたことを告げてまわる
たかあまはらに かむづまります
かむろぎかむろみ みこともちて
*
そのころぼくは拝師をなりわいとし
まい朝 太鼓が鳴りはじめるやいなや
拝殿の床にひたすらひたいを擦り付けると
その日の祝詞や神楽のおわるまで
ひとときも顔を上げることなく
ただただ敬いのこころ 従順の姿勢をくずさなかった
ところで きみはといえば
かれこれ三十七代つづくこの社のおんな禰宜で
朝はやくから 夜おそくまで
日課正して その身の禊と奉納に
その一挙手一投足にまで
こまかいこころを配っていた
そんなとある秋の夕暮れ
竹箒で拝殿のまわりを掃いていると
箒のすすむ先々で不思議なことに
つぎつぎとちいさい風ぐるまがまわり
くるくるくるくると 掃こうとする枯葉を回す
ここでひととき紅い葉が回ると
つぎにあちらで黄色い葉がまわり始める
こちらでひととき橙々の葉が回ると
むこうで青い葉が恥ずかしげにまわる
これはこれは妙なこと
おりよく回り廊下を降りてこられた禰宜さまに問うてみると
いっしゅん怪訝な表情のあと すぐさま笑顔にもどると
それは子神さまの仕業だという
古来よりの言い伝えで なにか
好いことの起こるしるしに 前以って
子神さまがこの世のかるい物を回すというのだ
それにしても枯葉はまるで独楽のように
つぎつぎと回り いまでは
まえ庭ぜんたいで 降って湧いたきのこのごとく
回りにまわっている
ぼくははじめて見るきのこの舞に
ただただ目を奪われているが
禰宜さまは なにかしきりと
じぶんをなっとくさせるためにうなづいておられた
*
明けてよく朝は また威勢よく
どんどんどんどん どんどんどんどんと
太鼓の音が鳴りひびき
こちらはいつものようにその音とともに
ひたいを床につけると 微動だにせず拝師になりきるが
なにか今朝にかぎって妙にこころ急くものがある
どんどんどんどん どんどんどんどん
太鼓のひびくたびに その合い間をぬって
禰宜さまの振る鉾鈴の音がきこえてくるが
そのほかにも なにか耳もとで
するするするすると するするするすると
蛇の這うような 枯葉の回るような音が起きてやまない
なにかと思って右目をうっすらと開けたときだ
みるみる右耳のよこで葉が回り
赤から黄色に 黄色から白に そして
白から橙々にと 色を変えると
もう拝殿いちめんにくるくる くるくると
まるできのうのきのこのようにまわっているのだ
而して 禰宜さまのようす伺うに
りんりんと りんりんと鈴を振りつつ
こどもの頃みた獅子舞よろしく
きぜんとして その舞を奉じている
いましも右手の鈴が天高くうち鳴らされると
左手はうやうやしく手刀を切り
右足を軸にくるりくるりと回ると
太鼓に合わせて こんどは内殿ににじり寄っていく
いくどもいくどもおなじ所作が清廉のうちに潔白に繰り返されると
こんどはあでやかにあでやかに 同じ舞いがくりかえされる
それはみぎ回りに六度 ひだり回りに六度同じ舞いが繰り返されたときだった
意を決したようにきみは千早を小袖もろともはだけると
身も世もあらぬさまで つぎの手が袴に掛かろうとする
いったい なにを狂われた
このようなところで禊とは
ぼくが思わず止めに行こうとした
まさに そのしゅんかんだった
ぼくの手が きみの肩に掛かるのが速いか
きみの背から 青い龍が躍り出るがはやいか
あろうことか ぼくの手は宙を掴み
つぎのしゅんかん 拝殿の床に爪を立てていた
そのとき見た 白い毛の生えたじぶんの両手を
ぼくは金輪際わすれないだろう
周章狼狽 天井を見上げると
いましも格子を破らんばかりに花卉咲き揃い
その中央に雲を巻いた青龍が
後生までも巻きついて離さぬとばかりに
目を耀かせて白虎を見下ろす
*
どんどんどんどん どんどんどんどんと太鼓が鳴れば
鈴の鈴なるかな 秋津むれ飛ぶこの国
ゆたかに稲穂垂れ あでやかに禰宜舞えば
いっしゅんのまぼろしも 夢のまた夢
imuruta