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​ビードロ

風鈴 軒しのぶ 山ほおずき

今日は 四時から夕だちがあったので

日が落ちても すず風が立って

幾ぶんか凌ぎよい

 

すだれ 蚊遣り 宵待ち草

昼ひなかに庭に降りたとき

拾いおいた猿すべりのうす紫の花を

朱塗りの膳に水を張って

三々 四々 五々と浮かべているが

これがこの国の風流というものなのか

 

ビードロ カステラ サフラン油

たしかあの日 商用で来たと言っていたが

どうしてまた アムステルダムの飾り窓のおんななど

身請けする気になったのか

それもまた 風流のひとつだったのか 

 

丁子 麝香 天球儀

その日は朝から気持ちよく晴れていたのに

錦の旗を立てて行列が進むころになって

急にあめが降り出した

この国では雨の日の祝言はあとよしと

おまえさまは言ってらしたが

 

生糸 白檀 火喰鳥

はるばる阿蘭陀からこの地へ輿入れして来たが

蘭学事始や解体新書のころならまだしも

ときは 生き馬の目も抜く明治というのに

どうも この地は聞き及んだのと違う

 

鹿鳴館にゆけば みな白塗りに余念がないくせに

こちらのかげ あちらのかげで扇子を寄せると

まるでこのほう 白狐を見るがごとく

これではどこが文明開化か

 

上下脱ぐと あからさまに容色が違う

まるでこちらが 狐に騙されているのかと思う今日この頃だ

鹿鳴館ではそれなりに繕っていても

しごとの合い間には やれ歌舞伎や 浄瑠璃や

きょうはめずらしく家にいて

縁側でビードロ吹いているが

ねがえりをうった ほんのいっしゅん

目の錯覚か ちゃいろい尾が見えた

 

いずれなにが起ころうと こちらも動じないが

どの道 なに塗らぬでも白い狐なら

しずかに近づいて 夢の蚊帳に入れてもらう

ほらほら今に 舶来の品お見せするので 

鼻ちかづけて 杏のにおいに蒸せるがいい

 

信太 葛の葉 宿世の恋路

いずれ どう道をあやまろうとも

おまえさま恋しうて おまえさま恋しうて

うでのなかで 今宵もひと夜の夢に酔う

 

                 imuruta

 

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