未然
未然 連用 終止 連体 仮定 命令
うねらば うねりて うねる うねれ うねろ
うねらせるとは うねばせるとは
うねりそうだとは うねびそうだとは
うねりたいとは うねびたいとは
うねりましたとは うねびましたとは
うねべ うねめ うねびやま
昼は咲き 夜は恋ひぬる ねぶの花 君のみ見めや わけさへに見よ
*
どうも バレエには向いていない 新体操にも
ソフトにも バトにも バスケにも
いずれかと言えば 吹奏楽か 美術だが
放課後はたいてい 図書室にこもったままだ
呼べば はきはきとは返事するが
何かうしろにおいてきた世界に秘密がありそうだ
転校まえの内申書の備考欄には要観察とあるだけで
あとは 空白のままだ
うしろの席の男子生徒には 鉛筆や三角定規を借りたりしているが
ひと月たっても 同性の友も出来たように見えない
立場上思い切って放課後の美術室に呼び出してみたが
とりつくしまがない せめてと思い椅子に座らせ
観察がてらモデルにしてみると まんざら断るでもないが
目がいまにも泳ぎ出しそうだ
美利河小学校卒と記載があるが 中等に進んだ記述がない
一年間休学でもしていたのだろうか
祖父母に育てられたとあるが なぜか父母の記載がない
授業中たまに目が合うと こちらの視線が絡めとられるような
北の海で 波の花から目を離せないような
どこかわだつみの声に 耳から溺れてゆくような錯覚に陥る
転校してまだ日が浅いので分からないが
要観察の 要の部分が謎のままだ
とりあえず鉛筆を走らせるが 目から目が離せない
鉛筆で見えない内面を追ううち あるしゅんかん
ふとこの子はどこかに売られたことがあるのじゃないかという疑念が浮かぶ
*
いちどでも花に落ちたものは 綿花に
花のなかが苦しくて苦しくて
莟を割ってでもそこから逃げようとする
いちどでも水に落ちたものは 北海の荒波に
水のなかが苦しくて苦しくて
物語を割ってでも思念に助けを乞う
いちどでも狐に落ちたものは 雪原の真っただなかに
狐のなかが苦しくて苦しくて
毛皮を剥ごうとするひとにさえすがる
いちどでも人に落ちたものは 敬虔に
人のなかが苦しくて苦しくて
せめて自分のなかの愛を試さずにはおられない
そして いちどでも女に落ちたものは
女のなかが苦しくて苦しくて
恋にもじぶんを質さずにはおられない
*
みょうな噂が立っているのは 教頭から聞いた
教育委員会を通じて いろいろ調べているらしいが
転出した記録簿先からは 何か隠し事があるのか無しのつぶてらしい
児童保護法や家庭の事情のからみがあって
どうにも この先は出て来ないらしい
時に 保健の先生に聞いてみることも思案したが
逆のかんぐりを向けられても困ることでもあるし うやむやのままだ
ただ うしろの席の男子生徒も
昨年に比べると どうも授業に身が入っていない
相変わらず図書室では パルメニデスや
難解な バルフ・デ・スピノーザなど読んでいるらしいが
図書室になにか シャボン玉ような隠し事があるのかもしれない
*
花が花でなにが悪い 水が水でなにで苦しい
人が人を慕って この先どんな裏切りがある
おんながおんなを装って どんな見返りがある
物語りが筋を追ってどんな罪がある 咎がある
心が荒れるには 心が荒れるに理由がある
涙が零れるには 涙がこぼれる理由がある
いちどでも 人間に落ちたものにも言い分があるだろうが
いちどでも慕った心にも立つ言い分けなど
なにほど 後世も今生もありはしない
呼ばれたから来た 拾われたから慕ったが
どうにも解きようのない 輪のなす世界
先生が先生で 情を深くすれば
ますます以って奇なる世界
どうか 近寄らぬが道理
なにとぞなにも聞かぬが ひとのやさしさ
あばいて何利益などある
これも業と呼びたくば 業と呼べ
図書室で 人知れずいちどでも涙落としたものには
それでも 誰に救いを乞うことなど出来よう
人には 人の心にはあらかじめ作為があったとしか
こうとしてしか証しだて出来ないものだが
作に溺れる身には どんな罪もないと知れ
*
それは 涙と涙をつなぐ輪によく起こる新聞記事だったかも知れない
でもそれは 神と人をつなぐもっとも繊細な輪だったかも知れない
この世界には何一つ偶然などなく
そしてまた偶然同志の不慮の事故が多発するのもまた 日常なのだが
美術室が黙って この時間を永遠に変えるまでのあいだ
図書室は整然と紙鋏みを空けて なおどれほど待っていたことだろう
imuruta