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​青柿

垣のむこうに 青柿の実たわわになり 

はや秋風のひょうひょうと舞いくる頃は

粟やきびを小鳥がついばむにまかせて

ぽつねんと墨客を決め込み

つれづれなるまま日暮しす

そこに猫ひとつ居て そこはかとなくおかし

猫 無用の用とは言いえて妙で

これぞ猫ばたらきというのか

もろ手を上げて さっき蝶を追っていたかと思えば

今度はぴんと尾を立て

地面すれすれに尻をふって なにか狙っている

さきほどまで床の間で

惰眠をむさぼっていたかと思えばいまは右足を宙にあげると

にゅう念に股間を舐めている

じっさい 猫とはあいだを舐めるものの謂いで

毛づくろい始めるときりがない

 

ここで「月日は百代の過客にして」と

書いた俳人もいたが どこが気に入ったか

この猫 この庵にもう何年もいた風情だ

いまうしろ足で 耳のうら掻いていたかと思えば

つぎのしゅんかん なにをおもってか

この方を見返すと とくとくと意味を含めてもの申す

こうしてまっぴるまから

尻の穴みせて歩いているから

まるで猫に見えるだろうが 

じつはわれこそが大悲

ほれ この通り毛皮を脱げば

あつきやわ肌あらわれ出ずる

 

この地でおんなを生くるものに

毛ものとて にんげんとて変わりなく

じつに慈悲のこころのあらわれをおんなと言う

たとえ尻の穴を笑われようが

そこを舐める姿を蔑まれようが

なに 怯むことがあろう 

 

ほら いったいいつまで書生を気取っている

ここを舐めたくば はやく言葉を捨てて

苦しゅうない 近う寄るがいい

丹念にたん念に この菊寄せ味わえば

ほれほれ立てた尾がかってに歓喜にふるえ出す

さすれば このさきは

もう猫でないぞ 人でないぞ

われらは むつびあうこころとこころ

ゆけば来る 来ればゆくの

押せばひく 引けばおすの

ほそい腰をかさね合わせば

手ぬるい目こぼしはさせぬから

辛抱に辛抱をつぎ

艱難に艱難を重ねたすえ

おんなの滅私になみだして

堪忍申すはおとこの方ぞ

   *

たわわなる 垣のむこうの青柿も

粟といい きびといい 猫というも

いずれ 大悲のなせるわざ 

すべてはほとけのいち存

たったいま 声をこらえていった先も

これからどうして 打ち解けあうも

しがたい生死のうらおもて

 

漂々と ひょうひょうと秋風のくるきょうこの頃は

はじも忘れ 外聞もわすれ

おんな無用の用などと 二局目が指したければ

ひたすら精進 ひたすら精進あるのみ

               imuruta

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